日本のナショナルカラーはなぜ青?サムライブルーはどこから?part2

サムライ・ブルーの起源を、ジャパン・ブルーの起源を辿ることで見つけていきましょう。

・アトキンソン「It’s ジャパン・ブルー!」
明治8年(1875年)に政府の招聘で来日したイギリスの科学者、アトキンソンが“藍の説”という文章に「日本では全国至るところで藍色の衣装を見た。」と書いています。アトキンソンは、藍色を「ジャパン・ブルー」と記し、絶賛しました。
庶民にまで広く普及し、様々な用途で使われていた藍染は、外国人のアトキンソンには強く印象に残ったようです。
藍染といってもたくさんの種類がありますが、当時の染料はタデ科の「蓼藍(タデアイ)」。
蓼藍が染め出す深みのある青が、アトキンソンの心を捉えたということでしょう。蓼藍は今や減少の一途を辿る貴重な染料です。

つまり、ジャパン・ブルーとは「蓼藍が染め出す深みのある青色」であるというところまで辿り着きました。長かったですね。
外国人と、日本の誇る藍染が出会ったこの瞬間こそサムライ・ブルーの原点であるという考えには、説得力があるように感じます。
ただ、私たちは実際にこのジャパン・ブルーは見たことがないかもしれません。
前述のように蓼藍は今や減少の一途を辿っており、天然染料の藍を実際に目にする機会はほとんどないからです。
このことも少しお話ししておきましょう。

続く

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